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2009年10月19日

障害者の人権を巡る国連の動きについて

人間社会は2つの大戦を経験した反省から、人権を守ることを基本とした国際連合を1945年10月24日サンフランシスコに発足しました。

すべての人々にとって人権は、人種・性別・老若男女にかかわらず、生きる上で必要不可欠なものです。
人権には一般的に、自由権や社会権や幸福追求権等がありますが、これらすべては人類の歴史において、最も渇望され、かつ普遍的な願望でした。

国連の原加盟国は51ヶ国でした。連合国(United Nations、UN)という言葉は、1941年12月にフランクリン・ルーズベルトが、第二次世界大戦の連合国(Allies)に対して使用し、国際連合設立に尽力しながらも、国際連合憲章調印の数週間前に死去し、彼に敬意を表してこの名称を採用することが会議の出席者全員によって合意されました。

「国連とその下部機関は、世界人権宣言に明記された原則を支持して実施する中心的な存在」とされています。世界平和と、人権の尊重を掲げて登場したのが、第2次世界大戦後の第3回国連総会において採択された「世界人権宣言」(1948年12月10日)です。
●世界人権宣言公式サイト
「世界人権宣言」は、法規範性を持つか否か?等種々の争いがありますが、世界の人権に関する規律の中で最も基本的な意義を有しており、全人類に対する人権が、国際連合を通じて高らかに宣言されはしましたが、障がい者に対する具体的な人権の宣言あるいは「障害者」という用語の意味の規定は「知的障害者の権利宣言」ならびに「障害者の権利宣言」を待たなければなりませんでした。


世界人権宣言を明文化したものであり、その内容を基礎として条文化したものに国際人権規約があります。
これは人権諸条約の中で、最も基本的かつ包括的なものです。
●国際人権A規約
●国際人権B規約

障がい者問題を巡る国連の動きとしては「身体障害者の社会リハビリテーション決議」採択(1950, 第11回国連経済社会理事会)、「社会的発展と開発に関する宣言」採択(1969, 第24回国連総会)、「障害者」という用語の意味を規定し具体的な障害者の人権を宣言した「知的障害者の権利宣言」採択(1971, 第26回国連総会)などがある。
そして1975年、 国連は世界人権宣言から27年を経てようやく「障害者」についての権利に関しての行動をとった。
●障害者の権利宣言(1975)
「障害者の権利宣言」では、「障害者」の用語を初めて定義した。
「障害のある人(disabled person)という言葉は、先天的か否かにかかわらず、身体的または精神的能力の不全のために、通常の個人または社会生活に必要なことを確保することが、自分自身では完全にまたは部分的にできない人のことを意味する。(第1条)」
永い間見過ごされ無視されてきた障害のある人々に関し、基本的権利と侵されやすい具体的権利を明らかにし、加盟各国へその保障を求めたものである。

しかしこの宣言に対する国連加盟国の認識は十分ではなく、翌年(1976年)の国連の調査では、加盟国のほとんどがこの宣言を母国語に翻訳していないことが明らかになった。
そこで国連は、5年後の1981年を「国際障害者年」と定め、障害者の「完全参加と平等」をテーマに次の目的を実現するために国際的な取組みを行うことを決議した。その具体的な指針が1979年の「国際障害者年行動計画」である。
(また、「国際障害者年」には「ノーマライゼーション」の理念、「障害者を締め出すような社会は弱くて脆い社会である」ことが明示された。
●国際障害者年行動計画(1979)
「完全参加」と「平等」をテーマに、ICIDHはその基本理念に取り込んだ、新たな障害者観を提示した。
1980年にWHOより刊行された「ICIDH(国際障害分類)」において障害とは「社会的モデル」すなわち、障害は、個人に帰属するというよりも、多くは社会環境によって作り出されるものと考える。
障害の理解のしかたとしての3つの次元「機能障害」「能力障害」「社会的不利」は、「医学モデル」と「社会モデル」双方からの理解が重要であることを示した。
●「ICIDH:国際障害分類(2001)
国際障害者年行動計画でさらに強調されたのは、「障害者を締めだす社会は、弱くて脆い社会である。」と言う、ノーマライゼーションの理念である。
●ノーマライゼーションについて
国連は、国際障害者年行動計画の中に、国連加盟国が障害者に対し、対策や法制を見直し今後の長期計画の策定を求めた。その長期計画のガイドラインとして、国連は自らも、「障害者に関する世界行動計画」を1982年12月3日第37回国連総会で採択した。
ここでは、「障害者の予防」「リハビリテーション」「機会均等化」の3つの概念が整理され、世界各国の今後なすべき課題についての具体的な提案が201の項目にまとめられている。

1993年、第48回国連総会において「機会の均等化」をめぐる実践状況が思わしくなかったため、これに特化した国連の標準規則として「障害者の機会均等化に関する標準規則」cf.1が採択された。
cf.1「財団法人 日本障害者リハビリテーション協会」HP

2002年「障害者の権利条約特別(アドホック)委員会」など、権利宣言から開始された障害のある人々の問題解決に向けた国際協調活動は、30年を経て、
2006年12月国連総会において「障害のある人々の権利に関する国際条約(障害者権利条約)」に結実する。
なぜ、「障害者の権利条約」は必要だったのだろう?振り返ると、
1975年 「障害者の権利宣言」
1982年 「障害者に関する国際行動計画」
1993年 「障害者の機会均等化に関する標準規則」
これらは同義的なガイドラインとしての意義は持つものの、法的な拘束力は持たなかった。
1948年 「世界人権宣言」
1966年 「国際人権規約」
これらにおいては差別禁止自由に「障害」が盛り込まれてこなかった。
こうした国際的人権格差是正の必要性の高まりから生まれたのである。
世界は障害のある人々に関して、新たな時代に入った。
●障害者の権利条約の流れ


posted by wakako at 02:17| Comment(0) | 障害者福祉論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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